橋梁鳶 黒崎建設株式会社

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Rink

会社沿革

戦前

 創業者黒崎静太が、戦前橋梁メーカーであった株式会社宮地鐵工所傘下の一員として、全国各地及び朝鮮半島で活躍。

昭和20年代から30年代

 昭和24年3月 株式会社宮地鐵工所工事部の独立によって誕生した宮地建設工業株式会社の「とび工事」を専業とする同社の

代表的な下請け業者として、同社施工の橋梁、鉄筋鉄骨の架設組立工事に従事。

 特にこの時期に施工した東京タワーは当社にとってエボックメーキングな仕事となる。

 昭和35年6月 法人組織に改め黒崎建設株式会社を設立。今日の当社の礎を築く。

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東京タワー

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東京タワー

昭和40年代から60年代

 関門橋、福岡タワーなど、橋梁・鉄塔鉄骨いずれの現場においても、長大もしくは前例のない特殊なものを数多く手がける。

この時期、大鳴門橋を皮切りに、下津井瀬戸大橋、南備讃瀬戸大橋などの本州四国連絡橋工事が始まる。

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大鳴門橋

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明石海峡大橋

〜現在

 レインボーブリッジ、東京国際展示場など東京新都心開発関連工事を手がけ、明石海峡大橋、来島海峡大橋などの施工を行う。

「工事の安全」を基本理念とし、熟練された技術と豊富な経験を持つ「とび工」150名を擁し、各位より高い評価を得て現在に至る。

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レインボーブリッジ

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明石海峡大橋

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KUROSAKI Construction Co.,Ltd